左側に目次が表示されていない場合ここをクリックして下さい。
    (すでに、目次がある場合、二重画像になります)


明治期のお金
(3)
この「明治期のお金」のページ作成に当って、古銭収集家「中島さん」から、
多数の貴重な「紙幣の写真」をご提供頂きました、有難うございました。
(04.11.6)

幕末期のお金 明治期のお金(1) 明治期のお金(2) 明治期のお金(3) 大正期のお金
昭和前期のお金 戦時中のお金 戦後のお金(1) 戦後のお金(2) 戦後のお金(3)
(953kB)







日本銀行兌換銀券


 明治15年(1882年)10月、我が国の中央銀行として、日本銀行が誕生した。
最初の日銀券は、明治17年制定の兌換銀行券条例に基づいて、明治18年か
ら発行された、「日本銀行兌換銀券」である。

 これは、紙幣1円が銀貨1円と兌換できるとしたものである。これ以降現在まで
に、金貨と兌換できる「日本銀行兌換券」と正貨との兌換を停止し、管理通貨制
度で発行している「日本銀行券」の3種がある。

 この兌換銀券の中の、大黒1円券および武内1円券は、法的にはなんと現在で
も、れっきとした通用紙幣である。


      旧兌換銀券・1円 券( h78mm×b135mm)      組番号:壱〜五弐
..製造年月:m18.7〜m21 、 発行〜禁止:m18.9 〜 現行通用
製造組数・枚数:1〜40組=90万枚、41〜52組=欠番あり・・・全製造枚数 :45,117,000枚
.



      旧兌換銀券・5円券( h87mm×b152mm)            組番号:壱〜参○
製造年月:m18.11〜m21、 発行〜禁止:m19.1〜s14.3  上記写真は、中島さんご提供
 製造組数・枚数:1〜29組=8万枚、30組=2万枚・・・全製造枚数 :2,340,000枚



      旧兌換銀券・10 円券( h93mm×b156mm)             組番号:壱〜弐九
製造年月:m17.2〜m21 、 発行〜禁止:m18.5〜s14.3  上記写真は、中島さんご提供
製造組数・枚数:1〜28組=4万枚、29組=3万5千枚・・・全製造枚数 :1,155,000枚



     旧兌換銀券・100円券( h115mm×b186mm)                    組番号:壱〜四


表面: 大黒天   、  裏面: 彩紋

当時の100円券は、高額であったため発行数も少なく、回収も完全に近く、現存数は非常に少ない。

(参考)旧兌換銀券の未回収枚数(昭和21年4月現在)
 五円券:17,810枚 、 拾円券:6,670枚 、 百円券:27枚
       出典:図録・日本の貨幣(第8巻・150頁)

製造年月:m18.5〜m21 、  発行〜禁止:m18.9〜s14.3

製造組数・枚数:1組=5400枚、2〜3組=5000枚、4組=500枚・・・全製造枚数 :15,900枚



***   ***   ***   ***   ***


       改造兌換銀券・1円 券( h85mm×b145mm)         組番号:壱〜壱五○
.製造年月:m22.1〜t5 、 発行〜禁止:m22.5 〜 現行通用
製造組数・枚数:1〜150組=90万枚・・・全製造枚数 :135,000,000枚
.
(参考)武内宿禰・・・景行から仁徳の5代の天皇に仕えた忠臣(架空の人物か?)
神功皇后の朝鮮出兵、日本武尊の東国遠征で重要な役目を果たしたとされる。



     改造兌換銀券・5円 券( h95mm×b159mm)           組番号:壱〜壱○弐
製造年月:m21.10〜m31発行〜禁止:m21.12〜s14.3   上記写真は、中島さんご提供
製造組数・枚数:1〜93組=9万枚、94〜102組=90万枚(欠番あり)・・・製造枚数 :15,800,000枚 

(参考)菅原道真(845〜903年)・・・平安時代前期の文人で右大臣となる、「学問の神」と言われた
醍醐天皇の時、九州太宰府に左遷されるが、10世紀になって道真の霊を祭る神社があちこちに建てられた。



     改造兌換銀券・10円 券( h100mm×b169mm)             組番号:壱〜壱壱○
製造年月:m23.3〜m31 、発行〜禁止:m23.9〜s14.3   上記写真は、中島さんご提供
製造組数・枚数:1〜105組=4万枚、106〜110組=90万枚・・・全製造枚数 : 8,074,000枚

(参考)和気清麻呂(733〜799年)・・・奈良時代後半期の公卿
「民部省例」と「和氏譜」を撰し、水利事業や平安遷都に尽力した。



 改造兌換銀券・100円 券( h130mm×b210mm)                         組番号:壱〜弐七


表面 : 藤原鎌足(めがね100円)   、   裏面: 彩紋

(近代紙幣のなかで最も大きな紙幣 : 高さ:130mm×幅:210mm)・・・実物大

当時の100円券は、高額であったため発行数も少なく、回収も完全に近く、現存数は数枚程度と推定されている。

(参考)改造兌換銀券の未回収枚数(昭和21年4月現在)
 五円券:54,410枚 、 拾円券:17,389枚 、 百円券:93枚
       出典:図録・日本の貨幣(第8巻・156頁)


(近代紙幣のなかで最も小さな紙幣 : 高さ:48mm×幅:94mm)・・・実物大

発行〜禁止:s23.5〜s28.12

製造年月:m24〜m32  発行〜禁止:m24.11〜s14.3
製造組数・枚数:1〜27組=1万5千枚(欠番あり)・・・全製造枚数 :400,000枚






貨幣法による貨幣


 1890年代に入って、世界的な産銀量の増加等もあって、事実上銀本位制度下
にあったわが国では、為替相場が下落し、国内物価が上昇を続ける状況となった。

 そこで、明治30年(1897年)3月貨幣法が制定された。日清戦争で得た賠償金
を金準備にあて、1円=金:0.75gとする、本格的な金本位制となった。
   (注)明治4年(1871年)5月、の新貨条例制定時は、1円=金:1.5g

 また、明治35年頃から銀価格が上昇しはじめたため、明治39年に20銭と50銭
銀貨を、明治40年に10銭銀貨の量目を、それぞれ、約25%減量した。
    (明治期の物価) 白米10kg:1円12銭(m30年)、大工手間賃:66銭/日(m30年)
               
入浴料:大人:5銭厘(m30年)、日本酒:25銭3厘/1.8L(m30年)


(注)銅貨の品位は、銅:950、錫:40、亜鉛:10

稲1銭青銅貨(d:27.87mm、w:7.13g)
年号:m31〜t4年


(注)白銅貨の品位は、銅:750、ニッケル:250

菊5銭白銅貨(d:20.6mm、w:4.67g) 稲5銭白銅貨(d:20.6mm、w:4.67g)
年号:m22〜m30年 年号:m30〜m38年


(注)銀貨の品位は、銀:800、銅:200(旭日10銭を除く)
             銀:720、銅:280(旭日10銭銀貨)

竜10銭銀貨
(d:17.57mm
w:2.70g)
旭日10銭銀貨
(d:17.57mm
w:2.25g)
年号:m6〜m39年 年号:m40〜t6年

竜20銭銀貨
(d:23.5mm、w:5.39g)
旭日20銭銀貨
(d:20.3mm、w:4.05g)
年号:m6〜m38年 年号:m39〜m44年

竜50銭銀貨(d:30.9mm、w:13.48g)
年号:m6〜m38年
旭日50銭銀貨(d:27.27mm、w:10.13g)
年号:m39〜t6年

新1円小型銀貨(d:38.1mm、w:26.96g)
年号:m20〜t3年


(注)金貨の品位は、すべて金:900、銅:100

新5円金貨(d:16.96mm、w:4.17g) 新10円金貨(d:21.21mm、w:8.33g)
年号:m30〜s5年 年号:m30〜m43年

新20円金貨(d:28.78mm、w:16.67g)
年号:m30〜s6年(7年銘存在)







日本銀行兌換券


 明治30年(1897年)、金本位制の採用により兌換銀行券条例が改正され、日本
銀行券も金貨兌換になった。これにより日銀券も「日本銀行兌換券」となった。
             (注)1円=金0.75g

 新しい紙幣は、名称も改造券から「甲号券」に変った、この紙幣から製造工程の全
てが日本人の手によって、自前で行われたことが注目される。

 このとき発行(明治32年)された、10円券の裏面には猪がデザインされており、発
行された年の干支が猪であったことも重なり、10円紙幣は「イノシシ」と呼ばれ、大変
親しまれたとのことである。
    (明治期の物価) 白米10kg:1円56銭(m40年)、大工手間賃:1円/日(m40年)
               
入浴料:大人:3銭(m40年)、日本酒:31銭7厘/1.8L(m35年)



    兌換甲号・5円券:前期・万葉がな( h85mm×b146mm)     組番号:い〜す
.製造年月:m31.10〜m   、  発行〜禁止:m32.4〜s14.3
製造組数・枚数:い〜す組=90万・・・全製造枚数 :42,300,000枚

(参考)武内宿禰・・・景行から仁徳の5代の天皇に仕えた忠臣(架空の人物か?)
神功皇后の朝鮮出兵、日本武尊の東国遠征で重要な役目を果たしたとされる。



    兌換甲号・5円券:後期・アラビア数字( h85mm×b146mm)     組番号:1〜15
製造年月:m43.9〜m43.11 発行〜禁止:m43.9〜s14.3 上記写真は、中島さんご提供
製造組数・枚数:1〜15組=90万(欠番あり)・・・全製造枚数 :10,850,000枚??



     兌換乙号・5円券( h78mm×b136mm)           組番号:1〜80
.製造年月:m43.4〜mt5.4 、 発行〜禁止:m43.9〜s14.3
製造組数・枚数:1〜80組=90万(欠番あり)・・・全製造枚数 :71,490,000枚

(参考)菅原道真(845〜903年)・・・平安時代前期の文人で右大臣となる、「学問の神」と言われた、
  九州太宰府に左遷されるが、10世紀になって道真の霊を祭る神社があちこちに建てられた。



    兌換甲号・10円券:前期・万葉がな( h95mm×b159mm)           組番号:い〜す
製造年月:m32.下〜  、発行〜禁止:m32.10〜s14.3    上記写真は、中島さんご提供
製造組数・枚数:い〜す組=90万・・・全製造枚数 :42,300,000枚

         (参考)和気清麻呂(733〜799年)・・・奈良時代後半期の公卿「民部省例」と「和氏譜」を撰し、
              水利事業や平安遷都に尽力した。



    兌換甲号・10円券:後期・アラビア数字( h95mm×b159mm)        組番号:1〜38
.製造年月:m43.9〜t3.12 、 発行〜禁止:m43.9〜s14.3
製造組数・枚数:1〜38組=90万(欠番あり)・・・全製造枚数 :33,410,000枚





   兌換甲号・100円券:前期・万葉がな( h104mm×b180mm)               組番号:い〜は
製造年月:m33.下〜 、 発行〜禁止:m33.12〜s14.3      上記写真は、中島さんご提供
 製造組数・枚数:い〜は組=90万(欠番あり)・・・全製造枚数 :1,940,000枚 

(参考)藤原鎌足(614〜669年)・・・藤原氏の祖大化の改新(645年)を推進、律令体制の基礎をきづいた。

(注)上記の百円券は、記番号が「アラビア数字」で、同じデザインですが「後期」のものです。







紙幣の記号に使用された万葉仮名

出典 : 図録 日本の貨幣(8)






画像の一部に 「X:表示」 が出て、画像が正常に表示できないことがあります。このような場合には再度、
左側又は下記に表示される 
「目次をクリック」 して下さるようお願いします。
また、
「X:表示」を右クリックして、表示されるメニューから「画像の表示」を、左クリックする方法もあります。


幕末期のお金 明治期のお金(1) 明治期のお金(2) 明治期のお金(3) 大正期のお金
昭和前期のお金 戦時中のお金 戦後のお金(1) 戦後のお金(2) 戦後のお金(3)



左側に目次が表示されていない場合ここをクリックして下さい。
    (すでに、目次がある場合、二重画像になります)






inserted by FC2 system